◆ 平成16年8月5日 東京地裁 平16(ワ)3579号
原告 X
同訴訟代理人弁護士 ●●
被告 株式会社エイワ
同代表者代表取締役 Y
同訴訟代理人弁護士 ●●
主 文
1 被告は、原告に対し、37万2478円及びこれに対する平成16年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを2分し、その1を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項及び第3項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、66万0513円並びに内45万6905円については平成15年12月23日から及び内20万円については平成16年2月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、貸金業者である被告から金員を借り入れてその返済を繰り返していた顧客である原告が、被告に対し、不当利得に基づき過払金の返還請求をするとともに、被告は過払金の利得について取引終了時点で既に悪意であったと主張して被告に対し取引終了日の翌日から支払済みまで年5分の割合による利息(民法704条)の支払を求め、また、被告は原告からの取引経過開示要求に応じなかったものであり、これにより原告は弁護士に訴訟手続を委任することを余儀なくされ、かつ、精神的損害を被ったと主張して、被告に対し、不法行為に基づき、弁護士費用及び慰謝料並びにこれに対する不法行為後の日(本訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
被告は、これに対し、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条の定めるみなし弁済の成立及び不当利得に関して善意であったことを主張するとともに、取引経過を開示しなくとも不法行為には当たらない旨反論している。
1 前提事実
(1) 原告は、別紙1の各年月日欄記載の日に、被告から各借入金額欄記載の金額を借り入れ、又は、被告に対し各弁済額欄記載の金額を弁済した(争いがない。)。
原告と被告との間においては、原告が被告から借り入れる金員に関して、利息割合につき年40.004パーセント(ただし、平成9年6月6日の貸増し以降では年39.785パーセント、平成12年9月7日の貸増し以降では年28.981パーセント)とする旨、利息計算はうるう年であると否とにかかわらず年365日とする旨、利息計算期間は貸付日から弁済日の前日までとする旨の合意があった(乙1の1ないし11、1の12の1、1の13の1、1の14の1)。
(2) 被告は、関東財務局長(7)第00154号の登録を受けた貸金業登録業者である(乙1の1ないし11、1の12の1、1の13の1、1の14の1)。
原告は、被告に対する前記各弁済を、任意に行った(被告は、原告が利息の天引を問題としていることにつき、念のため任意性を争っているものと解釈した上での反論をしているが、原告において任意性を争っているとは考えにくい。)。
(3) 原告は、原告訴訟代理人に対し債務整理を依頼し、同代理人は、平成16年1月20日、被告に対し、原告と被告との間の取引経過(貸付、返済の金額、年月日)の開示を求めたが、被告は、平成16年2月18日の本訴提起までに、これを開示しなかった(被告において明らかに争わない。ただし、開示要求日については被告の主張に従ったものであるところ、これについては原告が異なる年月日を主張しないので、争いがないものと認める。)。
(4) 原告は、自己の記憶に基づいて被告との取引経過について再現を試み、利息制限法の範囲内の利息割合に従って弁済金の利息への充当をした計算を施せば、遅くとも平成11年1月以降には過払金が生じているものと推測されるにもかかわらず、原告はこれを知らずに同月から平成15年12月ころまで毎月末日ころ被告に対し少なくとも1万5000円ずつ支払を繰り返していたとして、平成16年2月18日、被告に対し、合計90万円過払金額及び取引経過開示拒否を理由とする不法行為に基づく慰謝料20万円を合算した110万円の支払を求めて、本訴を提起し、本訴状は、同月25日、被告に送達された(当裁判所に顕著。)。
(5) 被告は、本訴の第1回口頭弁論期日(平成16年4月26日)において、原告と被告との間の取引を記載した取引明細リスト(乙2の1ないし14)を、書証として提出し、原告に対し取引経過の具体的内容を開示した(当裁判所に顕著。)。
(6) 原告は、前記取引明細リストに記載された取引経過に基づき、利息制限法の範囲内の利息割合に従って弁済金の利息への充当をした計算を施した結果、別紙1のとおり、45万6905円の過払金が生じているとして、本訴における請求金額を同額に減縮した。
2 争点
(1) 被告は、原告に対し、貸金業法17条所定の書面(以下「17条書面」という。)を交付したといえるか。
(被告の主張)
ア 被告は、原告に対し、平成5年1月28日の貸付をはじめとして、これを含め合計14回の貸付を行ったが、その都度原告に対し、「省令第16条第3項に基づく書面の写」と題する書面(乙1の1ないし11、1の12の1、1の13の1、1の14の1)を交付していたものであり、これらは17条書面としての要件を満たすものである。
イ 原告は、乙1の1ないし11に償還表が添付されていないことを問題とするが、乙1の1ないし11ではいずれも第1条において毎月の約定返済日、返済期間及び回数が明確に定められ、最終弁済日も明示されているので、各回の返済期日は明確であり、各回の支払金額も明示されているので、問題はない。
原告は、乙1の2ないし11、1の12の1、1の13の1及び1の14の1の借換えの際における交付書面の記載内容をも問題とするが、借換えの場合は、いったん利息金全額の返済を受けているので、従前の債務の内訳に利息を記載する必要がないのであるから、その点を問題とする余地がない。
(原告の反論)
乙1の1ないし11については、償還表が添付されていないので、貸金業法施行規則(以下「省令」という。)13条の要求する「利息の計算の方法」及び「各回の返済期日及び返済金額」の記載という要件を満たしていない。
また、これらのうち借換えに関する書面(乙1の2ないし11、1の12の1、1の13の1及び1の14の1)に関しては、借換えの対象である元本、利息を含めた従前の債務の残高とその内訳の記載がなく、銀行局長通達第2の4(2)ニの要求する「従前の貸付けの契約に基づく債務の残高の内訳及び当該貸付けの契約を特定し得る事項」の記載並びに貸金業法17条1項の要求する「貸付の金額」の記載という要件を満たしていない。
(2) 被告は、原告に対し、貸金業法18条所定の書面(以下「18条書面」という。)を交付したといえるか。
(被告の主張)
ア 被告は、原告が被告各支店に弁済金を持参してこれを被告に交付した際には、領収書兼残高証明書を原告に交付している。これには、当該返済日における返済額の元本及び利息の内訳等、貸金業法18条の記載要件が網羅されている。
さらに、被告は、原告に対する貸付の際に、各回ごとの返済年月日と各返済金額、元本及び利息の内訳、融資残額を記載した償還表を原告に交付している。これには、各返済日における返済額の、元本及び利息の内訳が明示されているので、原告は、返済の際にはこの償還表により、各返済金のうち、貸付元本へ充当される金額及び利息へ充当される金額をそれぞれ認識した上で返済をしているのである。
以上により、被告は、弁済の都度交付する領収書兼残高証明書又は貸付の都度交付する償還表により、18条書面を交付したことになる。
イ 仮に貸付の際に償還表を交付したことをもって18条書面交付の要件を満たすことにはならないとしても、領収書兼残高証明書が18条書面の要件を満たすことは明らかである。そして、別紙3の各表のうち、表の備考欄に「43条適用」と記載された弁済が、領収書兼残高証明書を交付した弁済であり、これらに限ってみなし弁済が成立することとなる。
ウ 原告は、いったんみなし弁済が成立しない取引が存在すればその後の取引に関して交付した18条書面の記載内容は事実と異なるものとなるからみなし弁済は成立しない旨反論するが、18条書面がみなし弁済の要件となっているのは、借主に自ら充当計算をするための手掛かりを与えることを目的としているのであり、個々の記載について支離滅裂な数字が記載されているならば格別、貸金業者の側でそれまでの取引につきみなし弁済が成立することを前提とした計算結果が記載されていれば、18条書面としての要件に欠けることはない。
(原告の反論)
前記のとおり、被告は17条書面を交付したとはいえず、これを根拠とするみなし弁済は認められないので、みなし弁済が効力を生じていることを前提とするところの、領収書兼残高証明書等に記載された事項は、客観的事実と異なる内容になっていることになり、これらの書面は、18条書面としての要件を満たしていることにはならない。
(3) 被告は、悪意の受益者(民法704条)といえるか。
(原告の主張)
ア 被告は、過払金に関して「法律上の原因がないこと」につき悪意であった。
イ 不当利得返還請求における「法律上の原因がないこと」の立証責任は、返還請求をする側にあるが、貸金業者に対する過払金返還請求に関しては、貸金業者は各種規制を理解してこれを遵守する法律上の義務を負っていること、借主はかかる点に関する知識に乏しいのが一般であること等を考慮すると、返還請求をする側が、既払利息が利息制限法による制限利息を超えていることを立証したときには、法律上の原因がないことが事実上推定されるというべきである。そして、貸金業者が資金を高利で運用して利益を得ているとの経済活動の実態を併せ考慮すると、借主の側で、既払利息が制限利息を超えることを貸金業者が認識していたことを主張立証したときは、法律上の原因がないことにつき悪意であることが事実上推定されるというべきである。
なお、貸金業者が、みなし弁済が成立すると誤解していた場合については、前記のような経済活動の実態に加え、主観的認識の認定の困難性による法的判断の不安定化を回避すべき要請を併せ考慮すると、「法の不知は恕さず」との法諺に従い、貸金業者がみなし弁済の要件を立証できなかったときは悪意の推定を覆せないというべきである。
(被告の反論)
民法704条にいう「悪意」とは、事実に対する認識であって、推定を問題とすべきものではない。実際、被告は、原告からの弁済についてはみなし弁済が成立するものと認識して原告と取引をしてきたものであり、結果的に裁判所によってみなし弁済の効果が否定されることになったとしても、遡及的に被告が悪意となるわけではない。
(4) 被告が原告に対し返済すべき不当利得の元金額
(原告の主張)
別紙1のとおり、過払金額は45万6905円である。
(被告の反論)
別紙2のとおり、原告は被告に対し17万5371円の支払義務を依然として負っており、過払金は存在しない。
仮に償還表の交付をもってみなし弁済の要件が満たされないとしても、争点(2)に関して主張したとおり、領収書兼残高証明書を交付した弁済についてはみなし弁済が成立するのであり、その場合、過払金額は、別紙3の末尾にあるとおり7万9968円にとどまる。
(5) 被告が取引経過に関する書類を開示しなかったことは不法行為の要件である違法性を有する行為に該当するか。
(原告の主張)
被告は、原告が訴訟代理人を通じて取引経過の開示を求めたにもかかわらず、本訴提起までにこれに応じなかったものであるが、原告は、金融庁による「事務ガイドライン(3-2-3(1)「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」)」に基づいて開示を求めたのであるから、被告がこれに応じなかった行為は、違法性を有するものであって、被告の行為は不法行為を構成する。
(被告の反論)
貸金業法を含め、貸金業者の取引経過開示義務を定めた規定は存在しない。また、金融庁の「事務ガイドライン(3-2-3(1))」は、それ自体貸金業者に対し取引経過についての開示義務を課するものではないから、貸金業者が開示要求に従わないからといって、その行為が違法性を帯びることにはならない。
(6) 不法行為が成立するとした場合の損害額
(原告の主張)
原告は、被告からの不当な取引経過開示拒絶を受けたことにより、多大な精神的損害を被ったものであって、これを金銭によって慰謝するには、20万円が相当である。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 被告が18条書面の要件を満たすと主張する乙1の1ないし11には、確かに、いずれも第1条において毎月の約定返済日、返済期間及び回数が定められ、最終弁済日も明示されている。
ところで、貸金業法17条は17条書面の要件として「返済期間及び返済回数」を定めているところ、更に省令13条が「各回の返済期日及び返済金額」をも要件に付け加えているのは、ひとえに、書面の記載から、借主がいつ、いかなる金額を返済すればよいのかが一目瞭然となっていること、換言すれば、借主において、貸付金額及び利率並びに返済期間及び返済回数を手掛かりに、返済を行うべき年月日と各返済日に返済すべき金額を計算することを必要としない程度までに書面の記載が明確となっていることを要求しているものと解すべきである。なぜなら、そのように解さないと、省令があえて「各回の返済期日及び返済金額」を17条書面の要件とした意義が失われることになるからである。
以上によれば、乙1の1ないし11が17条書面の要件を満たしているとする被告の主張は、失当といわざるを得ない。
(2) 他方、償還表が添付されている乙1の12の1、1の13の1及び1の14の1は、いずれもこの要件を満たしているといえる。
(3) その結果、被告が原告に対し乙1の12の1を交付した平成13年9月4日の35万円の貸付(借換え)よりも前の貸付(借換え)については、17条書面の交付があったとはいえず、したがって、平成13年9月4日における23万7240円の弁済に至るまでの全ての弁済について、みなし弁済は成立しないこととなる。
2 争点(2)について
(1) 争点(1)についての判断によれば、平成13年10月5日の2万2400円以降の各弁済に限って、18条書面の交付があったことを条件として、みなし弁済の成立する余地があることになる。
この点に関し、原告は、そもそも同日以降の弁済の際に交付された書面は、全てそれより前の弁済全部についてみなし弁済が成立することを前提とした記載がなされているものであり、そのような実体に合わない記載内容を有する書面は、18条書面の要件を満たさない旨主張し、これに対し、被告は、18条書面がみなし弁済の要件となっているのは借主に自ら充当計算をするための手掛かりを与えるためであることを理由に、当該弁済までの取引につきみなし弁済が成立することを前提とした計算結果が記載されていれば、問題はないと主張する。
(2) そこで検討するに、18条書面の要件として貸金業法18条、同法施行令15条がそれぞれの記載を要求している趣旨は、被告の主張するとおり借主に充当計算の手掛かりを与えることにあるが、それを貫徹するには、借主が自己の返済した金員のうちいかなる額が利息に充当され、その結果残元金がいかなる額となるかを正確に認識できるようにする必要がある。ならば、貸金業者の側で自己の法的解釈に従いその思うところの金額をそのまま記載しさえすれば必ずみなし弁済が成立するということになれば、貸金業法18条の立法趣旨が没却されることは明らかである(東京高判平成16年3月16日判時1849号44頁参照。)。
確かに、このような解釈によれば、継続的な金銭消費貸借契約関係において、ひとたびみなし弁済の要件を欠く弁済があった場合には、貸金業者はその後の弁済の都度受取証書を交付し続けても、また、貸付(借換え)の際に契約証書を交付し続けても、みなし弁済は成立せず、貸金業者にとって酷な結果となることは否定できない。しかしながら、被告も、そもそも受取証書に支離滅裂な数字が記載されている場合には18条書面の要件を満たさないことを認めているところ、いかなる程度に実体とかけ離れた数字であれば18条書面の要件を満たし、逆に満たさないことになるのかを、解釈論で判断することには無理があり、この点に照らしても、実体に合わない記載のなされた受取書面について18条書面の要件を満たすと解すべきではない。
したがって、この点における原告の主張は正当であり、他方、被告の主張は、当裁判所の採用するところではない。
(3) 争点(1)の判断結果と併せて争点(2)の判断結果を考慮すれば、結局のところ、原被告間の一連の継続的金銭消費貸借契約については、みなし弁済は全く成立しないこととなる。
3 争点(3)について
(1) 原告は、被告が利息制限法を超える利息を受領していたことが立証されれば「法律上の原因がないこと」が事実上推定され、その超過を被告が認識していたことが立証されれば「悪意」が事実上推定されると主張し、さらに、みなし弁済が成立する可能性を認識していてもそれは「悪意」を否定することにはならない旨主張するが、民法704条にいう「悪意」は、法的に返還すべき義務を負っていることを認識していることを意味するのであって、みなし弁済の成立の可能性を認識しているような場合であれば、それはとりもなおさず返還すべき義務を負っていることを認識しないことにつながるのであって、この点における原告の主張は、採用の限りではない。
また、貸金業者は、資金を高利で運用して利益を得るという経済活動をしているとはいえ、個々の顧客についてみなし弁済の要件の主張、立証が可能であるか否かは、顧客(又はその代理人)から債務整理のための取引経過開示要求を受けるなどして現実に訴訟提起を受ける可能性を認識した段階ではじめて、勝訴判決を受けられるかどうかの検討に入ることにより、ようやく主張、立証の可能性について認識するに至るものであることも十分考えられるのであって、貸金業者であれば全顧客についてみなし弁済の要件の有無を常日頃から把握していたと一律に断定することはできず、被告についても然りである。
(2) 本件の場合、原告が被告に取引経過の開示を最初に求めたのが平成16年1月20日であり、被告がそのころから原告からの訴訟提起に備えてみなし弁済の要件具備についての検討を始めたと考えても、本訴状が被告に送達された同年2月25日までに、被告がみなし弁済の要件具備につき疑問を抱いていたとまで認定することは難しく、したがって、同日までに被告が悪意であったとは認められない(もっとも、被告については善意の不当利得が成立し、その返還請求権は期限の定めのない債務となるので、本訴状の被告への送達によって遅滞に陥り、その翌日から年5分の遅延損害金が発生することになる。)
4 争点(4)について
(1) 当裁判所の計算結果は、別紙4のとおりである。
(2)ア 残元金が負の数になっていない期間における利息割合については、利息制限法に従い年18パーセントとした。
イ 過払金発生期間(残元金が負の数になっている期間)における利息割合は、争点(3)において判断したとおり、被告が「法律上の原因のないこと」につき悪意であるとは認定できないことから、原告からの過払金返還請求(催告)を受けていない段階においては利息(正確には遅延損害金)が発生していないことになるため、0として計算した。
うるう年における利息の計算は、前記前提事実(1)に従い、365日とし、また、利息計算期間についても、同じく前記前提事実(1)に従い、貸付日から弁済日の前日までとして、計算した。
5 争点(5)について
(1)ア まず、貸金業者である被告が顧客である原告に対し、原告の要求に応じて取引経過を開示する義務があるか否かについて検討する。
イ 借主から貸主に対し過払金返還請求をなすに当たっては、借主の側において、過払金が発生していることの要件事実すなわち過去の借入及び返済の金額、年月日等を主張、立証しなければならないのが原則である。
しかしながら、貸金業者は、全顧客との取引経過に関する事実をコンピューターで一元的に管理しているのに対し、顧客の側は、通常の場合利息制限法及び貸金業法についての専門的知識に乏しい上に、貸金業者から交付された書面等を熟読、理解することなく廃棄してしまい、後日、多重債務を抱えるに至って弁護士にその整理を委任した段階においてはじめて前記法規の存在及び貸金業者に対する過払いの事実を知り、その返還を請求しようと決意したものの、既にその立証に必要な書面等を廃棄してしまっているというのが、通常である。このように、貸金業者と顧客とを比較すると、経済力、情報力といった諸点について、前者が後者よりも著しく優越しているとの事情は、開示義務の存否において考慮しなければならない。
ウ 多重債務者の債務整理を行うに当たっては、当然のことながら、債務者の側で現在負っている債務の内容のすべてを確定した上で、債権者らに平等な分配を実施するよう配慮しなければならないが、それを実現するためには、債務者が把握、確定し切れていない債務の内容を知るために、各債権者から取引経過の全体についての開示を受けることが必要となる。他方、貸金業者の立場としては、前記のとおり顧客に関するデータを管理しており、顧客の要求に応じて開示することは、容易である。
エ ところで、貸金業法19条は、貸金業者に対し、内閣府令で定めるところにより、その営業所又は事務所ごとに、その業務に関する帳簿を備え、債務者ごとに貸付の契約について契約年月日、貸付の金額、受領金額その他内閣府令で定める事項を記載し、これを保存することを求めているのであり、そして、同法に関しては、金融庁による「事務ガイドライン(3-2-3(1)「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること」)が定められていることもまた、公知の事実であるところ(なお、平成16年5月31日における事務ガイドライン改正により、同旨の条項は3-2-7(1)となっている。)、これらの規定及び通達は、ただちに貸金業者に対し、顧客から請求があった場合における取引経過開示義務を定めているものではないが、いずれもその趣旨が、貸金業者に対し、利息制限法及び貸金業法43条に従った債権管理を求めて顧客(借主)の利益を保護しようとするものであることに照らすと、その趣旨は貸金業者と顧客との契約関係に基づく具体的権利義務関係を理解する上において、その解釈の基準として重視すべきものということができ、結論として、少なくとも、多重債務に陥り債務整理の必要に迫られている顧客が、債務整理を受任した弁護士を通じて貸金業者に対し取引経過の開示を求めてきた場合には、貸金業者の側にこれを拒絶する正当な理由がある場合でない限り、貸金業者にはこれに応じるべき信義則上の義務があるというべきであって、この要求を正当な理由なく拒絶した場合には、不法行為が成立すると解するのが相当である。
(2) しかしながら、本件の場合、被告は、原告から平成16年1月20日に開示要求を受けたものの、本訴提起はそれから1箇月に満たない同年2月18日であるから、この期間において被告が取引経過を開示しなくとも、たまたま事務手続の関係で同年2月18日までに開示が間に合わなかった可能性も十分想定できるのであって、被告が本訴提起までこれを開示しなかったことを不法行為と評価することはできない。
また、被告が実際に取引経過を開示したのは、本件第1回口頭弁論期日が開かれた同年4月26日のことであり、本訴提起まで開示が間に合わなかったとしても第1回口頭弁論期日までには開示できたのではないかという可能性も想定される。しかしながら、この間、原告が被告に対し繰り返し開示要求を続けたような事情は証拠上認められない上に、被告があえてこのときまで開示を遅らせた特別な事情があったこともうかがえず、実際のところ、被告としては訴訟が提起された以上は第1回口頭弁論期日に書証としてこれを提出すればよいとの考えの下に第1回口頭弁論期日まで開示しなかったことも考えられるのであって、そのような考え方自体、妥当性の点はともかく、それを違法と評価することは難しいといわざるを得ない。
以上によれば、被告は、取引経過開示拒否を理由とする不法行為責任を負うことにはならない。
6 争点(6)について
被告が、取引経過開示拒否に基づく不法行為責任を負わない以上、慰謝料額について判断する必要はない。
7 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、不当利得として37万2478円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成16年2月26日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で、理由がある。
(裁判官 柴崎哲夫)
別紙1~4〈省略〉


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