(4) 不法行為が成立するとした場合の損害額
(原告の主張)
ア 原告は、前記のとおり被告に対し63万9628円の過払金返還請求権を有しているところ、被告が開示要求に応じなかったために、本訴請求を余儀なくされ、そのために弁護士である本訴の訴訟代理人に有償にて訴訟手続を委任することを余儀なくされたものであるが、本件の場合、原告は、弁護士への着手金として10万円、報酬金として本訴請求の16パーセントの金額(10万2340円)を支払うべきことになり、これが被告による不法行為の損害の一部となるところ、本訴においては、両者の合計の内金として15万円を請求することとした。
イ 原告は、被告を含む貸金業者から過払金の返済を受けてこれを他の債権者らへの返済原資に当てる目論みを有していたところ、被告からの開示協力が得られないために、過払金を返済原資とすることができず、支払原資を得るために親族から借入をしなければならなかったのみならず、被告に対し訴訟提起することを強いられたものである。かようにして原告は、多大な精神的損害を被ったものであり、これを金銭によって慰謝するには、25万円が相当である。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 当裁判所の計算結果は、別紙3のとおり、過払金額は58万2802円となる。
(2) 原告は、元金が負の数すなわち過払い状態になった段階における利息について、被告が悪意の不当利得者であることを根拠に年5分の利息が発生する旨主張するが、争点(2)において判示するとおり、被告は遅くとも平成14年1月21日の時点では過払金について悪意であったとは認められるものの、それより前に悪意であったと認定するに足りる証拠はない。したがって、不当利得返還請求権自体が期限の定めのない債務であり債権者からの請求があってはじめて遅滞に陥るものであることからして、別表3に記載された平成13年11月22日までの期間においては、過払い状態の最中は不当利得返還請求権について利息(及び遅延損害金)は発生しないと解するのが相当である(そのため、別表3では、過払い状態の期間における利率は0として計算している。)。
2 争点(2)について
(1) 原告は、被告が貸金業者であってみなし弁済の要件が厳格であることを熟知しているはずであり、貸金業者は全顧客についてみなし弁済の要件の有無を常日頃から把握しているものであることを根拠に、被告が原告の過払金返還請求に対してみなし弁済の要件の主張、立証が可能であると誤解していた場合には、被告が、民法704条の「悪意」の受益者に該当しないことにはならないと主張するが、貸金業者としても、個々の顧客についてみなし弁済の要件の主張、立証が可能であるか否かは、顧客(又はその代理人)から債務整理のための取引経過開示要求を受けるなどして現実に訴訟提起を受ける可能性を認識した段階ではじめて、勝訴判決を受けられるかどうかの検討に入ることにより、ようやく主張、立証の可能性について認識するに至るものであると考えられるのであって、貸金業者であれば全顧客についてみなし弁済の要件の有無を常日頃から把握していたとは到底考えられないから、原告のこの点の主張は、当裁判所の採用するところではない。
(2) 当然のことながら、被告が原告に関し相当過去の段階においてみなし弁済の要件を満たしていないことを察知していたような事情が認められるのであれば、当然、被告はその段階で「悪意」の受益者であったといえるが、そのような事情は本件証拠からは認め難い。
(3) 本件については、原告が被告に取引経過の開示を最初に求めたのが平成13年12月10日付けの書面によってであり(甲1)、被告はこれに対して平成14年1月21日に原告代理人にファックス送信によって元金残高が49万5381円であることのみを通知してきたものであるが(甲2)、被告としては、この通知を原告代理人になした時点において、過払金返還訴訟が提起された場合にみなし弁済の主張、立証が可能であったかどうかの検討に入っていた可能性が高く、取引経過を開示しなかったのも、みなし弁済の主張、立証が困難であると判断したことがその背景にあった可能性が高いと考えられるのであって、以上の点を総合的に考慮すれば、被告は遅くともファックス送信をした平成14年1月21日の時点では過払金について悪意であったと認めるのが相当である。よって、過払金についての利息の起算日は、平成14年1月21日とする。
3 争点(3)について
(1)ア まず、貸金業者である被告が顧客である原告に対し、原告の要求に応じて取引経過を開示する義務があるか否かについて検討する。
イ 借主から貸主に対し過払金返還請求をなすに当たっては、借主の側において、過払金が発生していることの要件事実すなわち過去の借入及び返済の金額、年月日等を主張、立証しなければならないのが原則である。
しかしながら、貸金業者は、全顧客との取引経過に関する事実をコンピューターで一元的に管理しているのに対し、顧客の側は、通常の場合利息制限法及び貸金業法についての専門的知識に乏しい上に、貸金業者から交付された書面等を熟読、理解することなく廃棄してしまい、後日、多重債務を抱えるに至って弁護士にその整理を委任した段階においてはじめて前記法規の存在及び貸金業者に対する過払いの事実を知り、その返還を請求しようと決意したものの、既にその立証に必要な書面等を廃棄してしまっているというのが、通常である。このように、貸金業者と顧客とを比較すると、経済力、情報力といった諸点について、前者が後者よりも著しく優越しているとの事情は、開示義務の存否において考慮しなければならない。
ウ 多重債務者の債務整理を行うに当たっては、当然のことながら、債務者の側で現在負っている債務の内容のすべてを確定した上で、債権者らに平等な分配を実施するよう配慮しなければならないが、それを実現するためには、債務者が把握、確定し切れていない債務の内容を知るために、各債権者から取引経過の全体についての開示を受けることが必要となる。他方、貸金業者の立場としては、前記のとおり顧客に関するデータを管理しており、顧客の要求に応じて開示することは、容易である。
エ ところで、貸金業法19条は、貸金業者に対し、内閣府令で定めるところにより、その営業所又は事務所ごとに、その業務に関する帳簿を備え、債務者ごとに貸付の契約について契約年月日、貸付の金額、受領金額その他内閣府令で定める事項を記載し、これを保存することを求めているのであり、そして、前記のとおり、同法に関するガイドラインが定められているところ、これらの規定及び通達は、ただちに貸金業者に対し、顧客から請求があった場合における取引経過開示義務を定めているものではないが、いずれもその趣旨が、貸金業者に対し、利息制限法及び貸金業法43条に従った債権管理を求めて顧客(借主)の利益を保護しようとするものであることに照らすと、その趣旨は貸金業者と顧客との契約関係に基づく具体的権利義務関係を理解する上において、その解釈の基準として重視すべきものということができ、結論として、少なくとも、多重債務に陥り債務整理の必要に迫られている顧客が、債務整理を受任した弁護士を通じて貸金業者に対し取引経過の開示を求めてきた場合には、貸金業者の側にこれを拒絶する正当な理由がある場合でない限り、貸金業者にはこれに応じるべき信義則上の義務があるというべきであって、この要求を正当な理由なく拒絶した場合には、不法行為が成立すると解するのが相当である。
(2) 本件の場合、貸金業者である被告の側に、原告からの取引経過開示要求を拒絶することの正当な理由に該当する事実の主張も、またその存在をうかがわせるような事情又は証拠も、全くないのであるから、被告は、取引経過開示拒否について、不法行為責任を負うことになる。
4 争点(4)について
(1) 原告が、被告の開示拒否によって弁護士に訴訟手続を委任せざるを得なくなったことは明らかに認定し得るところ、被告が原告に支払うべき弁護士費用の額のうち、過払金請求認容額の1割相当額が、被告の開示拒否との相当因果関係の範囲内ということがいえるので、5万8280円の限度で認容するのが相当である。
(2) 原告が、被告の開示拒否によって被った精神的損害を負わされたことは、明らかに認定し得るところ、その精神的損害を金銭によって慰謝するには、20万円が相当と判断される。
5 結論
以上によれば、原告の本訴請求は、過払金58万2802円及びこれに対する遅くとも悪意に陥ったと認め得る平成14年1月21日以降年5分の割合による利息並びに弁護士費用と慰謝料の合計額25万8280円及びこれに対する弁済期の後である平成14年12月31日以降年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 柴崎哲夫)


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